「こゝろ」夏目漱石著
以前勤めていた会社の年配の女性が、スターウォーズ・エピソード3を観に行った時に感想を訊いたら、ぽつりとこう言った。「アナキンはちょっと心が弱かったわね…」。そしてためいき。
なんだかそんなことを思い出しながら、周囲の口先ばかりで弱々しい人々を重ねながら読んでしまう。美しくはかなく、けれどうわ…なんかこんなひといるよ…!という痛い感じの小説でもあって、ちょっと笑えた。
わたしは2章の「両親と私」が好き。親元を離れて都会で大学に通い、ちょっと気が大きくなっている若者が、地元に戻って、父親が田舎の雰囲気が急にバカに思えたりする。一方で、心の奥底では父親が自分に期待とお金をかけてくれていることも解ってはいて、時々しゅんとなるのが健全でいい。
1、2章は、すでに「私」は遺書を読んでおり、それを踏まえて回想的に描かれているようなのだけど、読んだあとの「私」の気持ちがまったく書かれていないのがとても面白い。先生の物語は完結して、「私」の物語は宙に放り出されたまま終わる。
で、飛躍し過ぎかもしれないけれど、これはある種恋愛小説みたいだと思う。先生がなんとか生きていられたのは、自分を罰し、かつ罰を受けているという実感があったからで、自分を一心に慕う「私」の登場で心が満たされてしまった以上は、自分を許すしかなくなる。幸福であることは先生にとっては罪深いことであり、耐え難いのもなんとなく解る。「私」が現れなければたぶん先生は死ななかった。けれど、「私」だけのために何日もかけて書かれた長い長い遺書は先生のラブレターだよね。
- 作者: 夏目漱石
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2004/03
- メディア: 文庫
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